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老舗ミニシアターが
コロナ禍で存続の危機に。
新米社長のまっすぐな想いと挑戦が
現場を動かした

有限会社シネマ・アベニュー

回答者
取締役 木下 陽香
事業内容
映画館興行

課題山積だが歴史ある映画館の継続へ

当社が運営する下高井戸シネマは、下高井戸で60年余の歴史を有する座席数126のミニシアターです。

1950年代後半に東映の封切館としてオープン。その後、京王電鉄、日本ヘラルド映画など経営母体が移り変わり、98年に日本ヘラルド映画が撤退を決めた時、当時の従業員2人が独立し、新会社を設立することで継続してきました。 その新会社が現在の当社で、設立から約20年にわたり父が経営していました。

しかし、父が病に倒れ、闘病生活を経て2019年6月に急逝。私は「父が長年続けてきた映画館を終わらせたくない」という一心で、経営を引き継ぐことを決意しました。

会社員をしていた私にとって、映画業界は未知の世界。プライベートでは3歳と7歳の子どもの育児にも追われていて、経営者になることに迷いがありました。しかし、母の「だめだったら閉めればいいじゃない。まずやってみれば」という言葉に背中を押されて、父の想いを引き継ぎました。

ところが、経理関連の資料など会社の重要データを保存していた父のパソコンは、暗証番号が分からず開けませんでした。結局、私が経理の専門書を片手にソフトウェアを導入して、1から体制を整えなくてはなりませんでした。

経理だけでなく、人事や労務、総務についても、内情を知れば知るほど杜撰な状況が浮き彫りになりました。闘病中の父はほとんど当館に足を運ばなかったので、経営者としての業務が全ておざなりになっており、税金の督促状が来たり二重に支払っているものがあったりと、目を背けたくなるような状態でした。

何とか会社の状態を改善しようと手を尽くしていましたが、当館を愛して長く勤めてくれている従業員にとっては、映画のことを何も分からず、いきなり乗り込んできた新米社長の私に反発もあったと思います。

そこへ、新型コロナウイルスのパンデミックという一大危機が襲ってきて、まさに泣きっ面に蜂。当館のお客様は地元の方やシニア世代の方が多く、20年2月頃から新型コロナの感染拡大とともに客足は減り、売り上げが激減しました。

さらに、20年4〜5月は緊急事態宣言の発令によりやむを得ず休館。60年余の歴史の中でこれほど長い休館はなく、営業が再開できるだろうか、お客様は戻ってきてくれるのだろうかと心配なまま、泣く泣く休館していました。

映画を観る場所というとシネコンが人気で、家庭でもネット配信などの普及によりスマホやパソコンを用いて映画を観られる環境は増え、その中で生き残っていけるのかという不安で押しつぶされそうになっていました。

一番の課題は、運転資金の枯渇。4月から2カ月間の休館により売り上げはゼロになりましたが、家賃や従業員への給料、配給元への支払いなどは必須です。何も分からず社長になってわずか数カ月でこのような難題にぶつかるとは思ってもいませんでした。

伝承と改革の両輪で前進

必死で考えていたのは、運転資金対策として、何ができるかということ。
20年2月下旬から目に見えて売り上げが減少していたので、資金調達は喫緊の課題でした。

当館には新商品を開発する余裕も、オンライン配信できる環境もありません。
そこで、既存のもので立ち向かうしかないと、クラウドファンディングをやってみようと思い立ちましたが、周りは誰一人賛成してくれませんでした。「そんなことをしたら経営状態が悪いのを晒すことになる」「配給にも影響が出るのではないか」などの反対意見ばかり挙がりました。

しかし、私は「やってみなければ分からない」と挑戦を決めました。ただ、苦しいから助けてほしいと寄付を募るのではなく、きちんと対価を支払いたいと考え、リターンとして特典付きの年会員への入会を設定しました。20年3月16日に目標金額を50万円にしてクラウドファンディングを開始。多くの方の支援が集まり、5月12日の終了時点で1,673人から約580万円の支援をいただくことができたのです。

何より嬉しかったのは支援者の方々から届くメッセージ。それを読むと、いかに当館が愛されているのか、当館の価値は何かを再認識させられ、苦境に負けないファイトの源泉となりました。映画業界で最初にクラウドファンディングを行って成功した事例として、業界紙でも紹介され、他の劇場でもクラウドファンディングをやって成功されたと伺ったのも嬉しいことでした。

また、休館中に社内改革にも取り組み、電子マネーの導入などを実現。デジタル時代の今では貴重なフィルム映画を上映できる映写機やそれを扱える技師がいて、昭和のレトロな雰囲気漂う、下高井戸シネマの魅力はそのまま大事にしつつ、電子マネー決済など時代の変化とともに変えたほうが良いところは変えていきました。こういった方向性がはっきり定まり、私自身、経営者として肝が座った想いでした。

従業員とともにコロナ禍の課題に立ち向かい、クラウドファンディングや電子マネー導入などで成果を出せたことで、信頼関係も構築できていきました。この経験を糧として、「老舗は最新であるべき」という考えを掲げて、時代の変化の中でも生き残っていける古き良きミニシアターを志向し、お客様に喜んでいただける魅力ある映画館づくりに邁進しています。

こうした環境整備のもと、20年5月の緊急事態宣言解除後からは、感染対策を徹底したうえで通常通りの営業を行っています。

この街の映画館ならではの価値を創りたい

下高井戸シネマらしさとして、リアルな体験価値を提供し続けるための企画を色々考えています。

例えば、コロナ禍で推進されたオンラインでのトークイベントでは、海外の映画監督を招待することが可能です。下高井戸から世界に繋がれます。また、自身の子育ての経験を生かしながら、もっと子ども向けのアニメーションなども上映していきたいです。そして、上映という形ではない映画体験としてワークショップなども実施し、小学生くらいから映画に親しめる機会も提案していきたいと思っています。さらに、映画を鑑賞しながら生演奏を聴いていただける場も提供したいです。

下高井戸商店街とのコラボレーションにも積極的に取り組んでいきたいと思います。これまでも台湾の映画を上映した際に、地元商店街の台湾コーヒー店の商品を館内で販売したり、下高井戸音楽祭の時には当館でも音楽関連の映画を上映したり私自身がバイオリンを演奏することもありました。

今挑戦したいのは映画の名前を付けた下高井戸シネマオリジナルのビール作りです。映画館で飲んでいただけるだけでなく、下高井戸の独自性を打ち出して地元の商店街の飲食店さんにも連携できたらいいなと考えています。

そして、どんなに良い取り組みをしても存在が世の中に知られなければ意味がないので、当館をもっと宣伝できるよう、取材なども積極的に受けて、幅広い世代に足を運んでいただけるよう努めていくことも重要視しています。

振り返ってみると、社長になって2年足らずの間に途轍もない試練を乗り越えたので、もう怖いものはありません。今後の映画館づくりに希望とアイデアがどんどん湧いています。

  • 企業名 有限会社シネマ・アベニュー
  • 所在地 〒 156-0043 東京都世田谷区松原3-27-26 京王下高井戸ビル2F
  • 創業年 1950年代
  • 従業員数 12人
  • 業種 サービス業
  • URL http://www.shimotakaidocinema.com/